平田オリザ氏講演会・討論会

例年の講演会に劇作家の平田オリザ氏をお招きし、201841日(日)国士舘大学梅ヶ丘校舎B304教室でご講演(新しいコミュニケーションの形)をお願いしました。この講演会の要旨を2回に分けて以下に掲載いたします。なお、講演会のあと参加者は6グループの分かれテーマ(対話とケア)に関する討論会を行いました。

 

「わかりあえないことからー新しいコミュニケーションの形」

 私の職場は、映画やオペラを作っています。一方、小中学校、大学でコミュニケーション教育を行っています。私が招聘されている大阪大学は京大や神戸大に比べて非常に硬いイメージの大学です。そこへ十数年前にコミュニケーションデザインセンターができました。当時、文部科学省から研究費が増大する中で科学者の説明責任能力をつけるために、大学にこの趣旨の施設を作りました。大阪大学の特徴は、劇作家、ダンスのプロデューサー、あるいはデザイナーも雇用して科学者や医者の卵たちに演劇やダンスやデザインを経験してもらってコミュニケーション能力やデザイン力をつけようとする狙いでした。当時の鷲田清一総長の意向として少なくとも博士課程に進む人間にはこれらの授業を必修にしていこうとし、プログラム作りをしました。したがって数年もすると演劇をやらないと医者になれないという素晴らしい時代が来るのですが、あまり演技のうまい医者も信用できませんので、そこそこにしておいた方がよいと思います。いま世の中では、コミュニケーション能力がヒステリックなほどに言われています。今日のお話は、そこで言われているコミュニケーション能力とはどういうものなのかをお話したいと思います。

 

電車の中で、二人の知り合いがいて、そこにもう一人が入ってきて、「旅行ですか」と声をかける。そういうシナリオを使います。これは簡単そうで、意外と日本の高校生や大学生には、むずかしいんですね。AさんとBさんがいてCさんがここに入ってきて、「旅行ですか」と声をかける。高校生は妙に馴れ馴れしくなって「旅行ですか」と軽いノリで言ったり、逆にすごく一生懸命になって「旅行ですか」と力んで低く重たい調子で聞いたりするんです。

 

ずっと以前からこういう仕事をしていますが、最初のうちなぜうまくいかないのかよく分かりませんでした。高校生にどうしてうまくいかないのかと聞くと「いや、自分たちは初めて会った人に話したことないから」。誰でも最初は初対面だと思いますが、高校生は他人との接触は少ないのです。そのうちにカルチャーセンターなどでも教えるようになると、社会人の中でも苦手な方が多い。中高年の男性では、席の決まった宴会ならいいけれど、カクテルパーティーは苦手という人はいます。まず、名刺を出して「なんとか商社の○○です」と自己紹介して、あとは野球の話くらいして、今年の巨人は……、話がなくなると皆だんだん壁の方へ下がっていく。みな苦手なんだなと分かってきました。それ以来、参加者に聞くようにしています、今日も皆さんにおうかがいします。海外へ行く飛行機の中などをイメージしてみてください。お隣りに知らない人が座っている、その時に自分から話しかけるという人は手を挙げてみてください。今日は大体二割くらい。さすが積極的な集まりですね。大体、全国平均は一割です。大阪だけちょっと上がる。じゃあ、自分から話しかけないという方はどのくらいいらっしゃいますか。こっちのほうが多いですね。半分以上のかたがそうですね。じゃあ、場合によるというかたは?。「共通の話題がありそうな感じの方」「なんとなく話せそうな感じの方」。話しかける時のAさんの体調もありますね。落ち込んでいるときには話しかけないでしょう。やはり、相手によるということですね。話しかけると手を挙げたかたでも、相手が怖そうな人ならしません。刺青が見えていたりすると話しかけない。

 

一方で、話しかけないというほうへ多くの方が手を挙げました。Cさんが赤ん坊を抱いていて、じゃれついてきたりすると、何か言います。かわいいですねとか、かわいくなくても何か言わないとこっちが怖い人と思われるかもしれませんから。相手によるわけです。全く同じワークショップをオーストラリアの大学で、どんな場合に話しかけますかと学生たちに聞きました。すると「人種や民族による」という答えが返ってきました。ああ、やっぱりワークショップはいろんなところでやってみるものだなと思いました。ただ、主体はAさんのほうなのです。Aさんがイギリスの上流階級の教育を受けた男性だったらば話しかけない、イギリスの上流階級では人から紹介されない限り話しかけてはいけないというマナーがある。ご経験あるかたがいらっしゃると思いますが、アメリカやオーストラリアでは話しかけてくるんです。アメリカでホテルに泊まってエレベーターに他人と乗り合わせて無言ということはないですね。日本人はあまり話しかけない。じゃあ、エレベーターで話しかけるアメリカ人はたいへんコミュニケーション能力が高くて、話しかけない日本人はコミュニケーション能力のない駄目な民族なのか。そういう話でもないと思います。これは文化の違いです。アメリカという多民族国家は、いろんな人が狭い空間に閉じ込められると早く自分が相手に対して、敵意を持っていないということを声や形にしてはっきりと示さないとストレス、緊張感が高まってしまう社会なのですね。アメリカでは話しかけてくる。でも同じ英語を使うイギリスでは話しかけたら失礼になる。それらを全部覚えておくのではなく。あらかじめ謙虚になって新しい文化、異文化に対して、謙虚になって取り組むということを学ぶことのほうが、グローバルコミュニケーションスキルというものに近づけるということではないかと思います

 

日本語はちょっと話しかけにくい言語です。日本語、韓国語には敬語がある。相手との関係が分からないとどんなふうに話しかけていいか決まらない。特に韓国語は年齢により敬語が厳しいです。一つ年上でも敬語で話しかけねばならない。韓国語は年齢で全部決まります。私たち日本人は同世代の人と初対面で会うのに、韓国では困る。年齢を間違うと失礼なことになる。しかし言語はうまくしたもので韓国語の会話では相当初めの段階で年齢を聞きます。挨拶の次に何年生まれですかと聞く。女性には聞きにくいですね。話しかける行為一つとってもお国柄とか文化の違い国民性とか民族性とか現れてきます。

 

たとえば、アイルランドという国では、気さくな人で、パブでビールを飲んでるといきなり話しかけてくる。「旅行ですか」といセリフ、アイルランド人だったらみんなに話しかけるんです。フィリピンから来た留学生に聞いたらこのシチュエーションでは話しかけなかったら失礼になる、20パーセントは話しかける。イタリアからの留学生に聞いたら、相手は女性だったら、100パーセント話しかける、話しかけなかったら失礼になる。日本人は一割しか話しかけない。

 

さてAさんがイギリスの上流階級の教育を受け男性だとすると今度は話しかけてはいけないはずなんです。マナーとして。でも台本には、「旅行ですか」と書いてある。ということは、作家は何か別のメッセージをそこに込めていることがある。どんなメッセージが考えられますか。 たとえばCさんが美しかった、Aさんがスパイ、Aさんが自分の身分が嫌で放浪の旅に出てきた、庶民をアピールしたい、いろんな答えが出てきた。

 

さて、話し言葉の個性というもの、先ほど話した、話しかけるか、話しかけないか、一人一人の個性です。それから、言葉から受けるイメージも人それぞれ、さまざまです。こういうものを言語学の世界では、コンテクストといいます。コンテクストは文脈という意味ですが、ここではもう少し広い意味でその人がどんなつもりでその言葉を使っているのかを考えます。俳優には俳優のコンテクストがあります。劇作家には劇作家のコンテクストがある。これが重なればそんなに苦労はしないのですが、そうかんたんではない、別々の人間だからです。今話題になっている「旅行ですか」は簡単なセリフですね。ところが高校生にはうまく言えない、うまく言えなくて当然なのです。高校生に聞くと95パーセントは話しかけないということです。普段使ってない言葉で、これをコンテクストのずれという。このコンテクストのずれは、コンテクストの違いよりもコミュニケーションの落とし穴になりやすいのじゃないか。ではこの違いというのは何でしょう。要するに文化的な背景が違って、この断絶の方に、私たちは気を使っているのではないか。たとえばチェーホフさんは百年前のロシアに生きていた作家です。百年前のロシアが舞台になってますから、今の私たちに分からない意味のセリフがでてきます。「銀のサモワールでお茶を入れて」という言うセリフが出てきます。ロシアの家庭にはどこにでもサモワールというお茶を入れるツボみたいなものがある、ロシア文学には必ず出てきます。ツルゲーネフにもドストエフスキーにも出てきますが、日本人には全く馴染みがない、昔の新劇の方はまじめだったので分からないことがあると百科事典を調べたり、ロシア料理店へ行って調べたり、触らせてもらったりして、サモワールがさもあるように演じた。これが昔のリアリズム演劇の考え方です。私たちのような小劇場とかアングラ出身の人間はわからないセリフは早口でとか大声でいうとか、ごまかすのですが、考えてる。考えるというのが言い過ぎとすれば、壁は意識しているわけです。「旅行ですか」は考えないでしょう。旅行ですかってどういう意味かとか、どういえばいいのとか考えないですね。考えないでツルッと言っちゃうから失敗する。演劇はいずれにしても他人が書いた言葉をどうにかして自分の身体から出てきたかのように言う技術ですから、「サモワール」も「旅行ですか」も同じように難しいはずなのです。他人が書いた言葉ですから。でもその難しさに気が付かない分、「旅行ですか」のほうに落とし穴があるのではないか。これは異文化理解でもこういうことがあって、日韓、日露なんかもここ数年ずうっとぎくしゃくしてるわけなのですが、世界中どこ見ても隣同士仲悪いですね。ひとつには文化が近すぎこともあると思います。私たちは靴を脱いで他人の家に上がるときに脱いだら揃えて反転させて上がりますね。韓国のかた結構嫌がる方いらっしゃるんですね。韓国のかたからするとそんなに早く帰りたいのかと思うそうですね。これは靴を脱いで家に上がる文化を共有していることから起こる摩擦です。みなさんも欧米のかたを家に招くことがあると思いますが、まず「ここで靴を脱いでください」から始まるわけです。言わなければそのまま上がるわけですから。しかもほぼ100%脱ぎ散らかします。揃える、まして反転させる文化は日本固有の文化です。あれを美しいと思うのは私たちだけです。私日本人ですから。でもそれを他者に強要できるほどの客観合理性はありません。文化は固有のもので固有の価値観がある。この習慣を「美しいに決まっている」となるともう思考停止です。「決まって」はいません。世界中の70億の残り69億人は別にそう思っていません。これが誰にとっても便利だ、誰にとってもカッコイイと客観合理性を持てると文化ではなく文明になって広がっていく、国境を越えて。しかし日本文化は文明にはならない。もう一つの問題はです、欧米の人たちが脱ぎ散らかした時に揃えてあげますね。そのときあんまり不愉快にならない。それは欧米の人に対するコンプレックスではなくて彼らがそのマナーを知らないということを知っているからです。しようがないな、と。ところがなまじ靴を脱いで家に上がるという文化を共有していると、当然相手も同じ行動をとると思ってしまう、そして同じ行動をとらないとそこに悪意があるように見えたり野蛮に見えたりしてしまう。そこに近い文化と付き合う時のむずかしさがある。だから若い世代にたくさん交流してもらって、やっぱり違いなんだよねという認識から出発しないとこの問題は解決しません。

 

(以下は次号に掲載します。文責 酒井)

10周年に寄せて

 当NPOを設立して10年が経ちました。 10年ひと昔といいますが、昔というより時間の経過は早く感じられます。大学にいたころ「外科と栄養学」というテーマで研究をしていました。あまり流行らない分野で道筋も読めませんでした。当時の指導教授が「どんなことでも10年間続けてやっていれば一流になりますよ」と励ましてくれたことを思い出します。私は、ユニークな経腸栄養剤を開発して、それなりの成果を得ました。

 

広く求められている高齢者とがんや難病等の患者の在宅療養が、少しでも円滑に実施されるために、地域を基盤と私たちのNPO10年を経てどうでしょうか。まず、設立趣旨から初心を振り返ってみます。エッセンスは「…いま社会でする…専門家による協会を設立し、…人々のヒューマンな晩年の実現に力を貸したい」とあります。10年という歳月を経ましたが、趣旨は抽象的なのでこのままの考えを今後も維持して差支えないと思います。ところで、このことは成果を上げたでしょうか。私は不十分ではあっても成果を上げたし、手応えも感じています。ケアを受ける皆さんが実質的に求めているものの輪郭が見えてきたように思います。この輪郭を明確化し、具体化することが今後の展望です。

 

私たちはさまざまな活動をしてきました。訪問看護ステーション、アロマセラピー、音楽療法、誤嚥療法、心理カウンセリング、傾聴、医療・看護・福祉相談、法律相談などです。これらを個々に振り返り、整理して今後の展開に具体策を創っていきたいと思います。それぞれ関心のある分野で、皆さんの実際的な知恵、アイディア、いわば、先ごろ亡くなられた哲学者の

中村雄二郎氏の「臨床の知」をぜひいただきたいと思います。

 

私なり10年間、活動に携わりながら、また、考えてきたなかで今後の指針になるようなヒントをあげてみたいと思います。「ケア」や「コミュニティ」について思考し多くの著書を著わした広井良典氏は、英国の社会経済学者のA・ギデンズから引用しています。少し長くなりますが見てみます。「英国の経済学者W・ベバリッジは『社会保険等のサービスに関する報告(1942)』のなかで、不足、病気、無知、不潔、怠惰にたいして宣戦布告したのは有名な逸話である。要するに彼が宣戦布告したのはネガティブなものばかりである。ポジティブ・ウェルフェアは、これからの福祉のあり方なのである。…ウェルフェアとはもともと経済的な概念ではなく、満足すべき生活状態を表わす心理的な概念である。したがって、経済的給付や優遇措置だけではウェルフェアを達成できない。…福祉のための諸制度は経済的ベネフィットだけでなく、心理的ベネフィットを増進することをも心がけなければならない。ごくありふれた例を挙げると、お金で支援するよりも、カウンセリングの方がずっと有効な場合がありうる」。広井氏はギデンズの「こうした把握は…人々を事後的に救済するという対応のみならず、個人を最初からコミュニティにつないでゆくといった事前的な対応を重視するという方向とも、つながるだろう」と述べています。また「コミュニティ」を歴史あるいは社会の巨視的な変遷のなかで、人と人の関係性のあり方の見直し、相互関係という意味での「ケア」という視点から、現代の核心的な課題である、と主張していますが、広井氏の洞察はともかく、私たちの現実のなかで「コミュニティ」がどのような具体性をもつのか、後に考えてみたいと思います。私たちの組織もこれまでいくつかの葛藤がありました。組織を大きくして経済的な効率を上げようとする意見もありました。しかし訪問看護ステーションを例にとれば、看護・ケアの質を優先して確保することを目標にしています。経済の競争原理、金銭的な成果主義が唱えられる風潮に抗うには抵抗もあります。最近の佐伯啓思氏の論評で、100年前W・シュペングラーの著書「西洋の没落」を取りあげ、時代を象徴している世界都市、数字(統計など)、金融、技術は「文明」ではあるが「文化」ではないと指摘し、シュペングラーの主張は現代の文化の衰退を言い当てていると述べています。競争や効率を合理的科学として推進した結果、並外れた格差や貧困を生んで、現今の世界の混乱と不幸を助長しています。原子力に依存する世界も文明の象徴といえます。私は俳句をやるわけではありませんが、年初、なにかのはずみで「文明は 迷妄とせよ 歳旦戒」とメモし、友人が匿名で句会に示したところ、理屈っぽいと切り捨てられたそうです。私も、詩がないなあと思いました。しかし、奇しくも上述の内容と重なります。

 

もう一句、新聞の俳壇に「老いという 泉に耳を 澄ましけり」(岡崎某、長谷川櫂選) がありました。私たちの活動は広い意味で高齢者のケアに当たっているのですが、つきつめてゆけば「老い」という問題に向合っているともいえます。また、「死」に向合うことでもあります。それがこの句の心境であり、泉を「こぽ」と聴くのか、あるいは無言のまま湧き出す水の神秘的な縞模様を見つめるか、どちらでしょうか。耳とあるから聴くともいえますが、視覚もふくまれているようにも感じます。この比喩は「老いとは」という哲学的な問いともいえますが、人生を振り返っている場面とするが自然です。いずれにせよ、老いた人は「老い」を感じ、句にしたり、文にしたり、誰かに伝えたりします。心に去来することを表出しない方も多いと思いますが、いずれかの形で表出することは、小熊英二氏の父親の聞き取りをまとめた「生きて帰ってきた男(岩波新書)」を見ると、実に意義があることだと感じます。彼の父親の場合は、よい聞き手が近くにいて聞き取りを企画した、という幸運にめぐまれたのですが、多くの人が経験や気持ちを表現することを求めていることは間違いないと思います。そのことに自ら気付いて行動できればよいのですが、経験や記憶は相互関係のなかで成立し、意味をもつものであり、たとえ一人で何かを書き綴る場合でも読み手、聞き手を想定しています。死に向き合ったときの心構えについて、哲学者の加藤尚武氏は次のようなことを述べています。「私が、この宇宙の中に発生した生命の流れという大きな歴史の中の一粒であり、私が消滅しても、その流れそのものはつながってゆく。自分が、この生命の流れの中の一こまを受け持ったということを詩にする、短歌、俳句にする。スケッチに残す。死に近づく日々を彩るのは、美しい思い出である。思い出を保存する方法は、作品にすることである」人は社会的存在であり、他者との関係のなかで自らの生を意味づけている以上、作品も受け手を想定しているはずです。

 

私たちが「高齢者の豊かな晩年の実現に力を貸したい」といったとき、隠されていてあまりよく見えないコミュニケーションの相互関係(話し手→聞き手という一方通行ではなく)を演出することが求められるのではないか、と思います。これは私たちの臨床心理士の無藤清子さんが日ごろ話しているケアにおけるケアする側と受け手との関係と相似形です。双方にとって果実があることを念頭に、場を演出し、これをコミュニティのひとつの実体として理解すべきでしょう。

もうひとつ、「コミュニティ」の具体的な媒体として、協会の「ニューズレター」を考えたいと思います。これまで、ニューズレターは主にスタッフが原稿を書き、NPOの活動や経営収支などを掲載してきました。NPOの会員や支援者にお送りしてNPOの理解を進めることが主眼でした。よく考えてみると、ニューズレターをコミュニティの媒体として役立てることができるのではないか、それには会員や支援者に原稿を寄せていただき、情報の交換を通じて相互の理解が広がり、コミュニティのプラットフォームになるのではないかと思いました。雑誌などが編集者と読者の関係で成立しているのにたいし、俳句誌や文学の同人誌が、会員の参加で、俳句仲間、文学仲間の媒体となっているように、ニューズレターが協会の皆さまの交流の場所になり、言葉の広場となって、コミュニティのひとつの姿になると思ったのです。これからもコミュニティの活性化や拡大に役立つような実際的な知恵(編集方法、体裁など)について、お考えがありましたらお寄せください。

2017616
特定非営利活動法人 ホームケアエクスパーツ協会
理事長 酒井忠昭

山崎章郎氏講演会・討論会

本年の全体テーマは「ケアと対話」~豊かな晩年を彩る~とし、20161126日(土)国士舘大学梅ヶ丘校舎で行われました。前半の講演は、「スピリチュアルケアの核心」というタイトルで、コミュニティをベースに在宅ホスピス医として活躍をしておられる山崎章郎先生(東京都 小平ケアタウンクリニック院長)にお願いしました。

 

キーワード:スピリチュアルペインとスピリチュアリティのつながり・真の拠り所となる他者の存在・傾聴の意味と深さ(苦悩・苦しみを受けとめるということ)

 

1.<人生を変えた本と人物との出会い>

 

外科医をしていた1983年、南極観測船に乗る船医として航海中、一冊の本に出会った。

アメリカの精神科医、エリザベス・キュープラー・ロスの著した『死ぬ瞬間』という本であり、終末期医療の考え方に大きな一石を投じることとなった。5年後、直接ご本人と会い話を聞く機会に恵まれた。人の苦痛(全人的苦痛)を4つに分けて、①身体的苦痛②社会的苦痛③心理的苦痛④スピリチュアルな苦痛の図で説明がなされた。当時、通訳はスピリチュアルを宗教的と訳したが、腑に落ちたわけではない。彼女は、次のように語った。上記の身体的・社会的・心理的な痛みにきちんと向き合えば、スピリチュアルな痛み(ペイン)は自然と癒されていくものであること、また、患者が人生の最終の局面で、苦しみやつらさの果てに安楽死などの願望を出すのは、「皆さんたちのケアが足りないからです」とのことばであった。このことばをその後の臨床のなかで問い続けている。

 

2.<スピリチュアルな痛みとは> 普遍性をもつ定義の試み

 

緩和ケアの臨床における、患者のスピリチュアルペインについて、村田久行氏は、次のように説明している。「スピリチュアルペインとは、自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」とし、これは、終末期がん患者のさまざまな苦しみのあり様や状況にもとづくものである。たとえば、人生の意味の喪失・目的の喪失や、衰弱による活動能力の低下や依存の増大、自己や人生に対するコントロール感の喪失や不確実性、孤独、希望のなさ、といったものである。しかし、こうした状況は、終末期のがん患者だけのものではなく、より普遍化できないかと考え、次のように考えた。「スピリチュアルペインとは、その状況における自己のあり様が肯定できない状態から生じる苦痛」であると。すると以下のような疑問がでる。それは、この村田氏が示した具体的な状況をなぜ「スピリチュアルペイン」と呼ぶかである。身体的な苦痛が生じるのは、前提として身体があるように、その前提として人間にスピリチュアルなものがあり、そこが脅かされることによって、スピリチュアルな痛みが生じるのではないかとの仮説をたてた。

 

3.スピリチュアリティ(スピリチュアルなもの)とは何か

 

さきほどの村田氏の説明「スピリチュアルペインとは、その状況における自己のあり様が肯定できない状態から生じる苦痛である」をもとにして、二つのことを考えてみたい。一つは、「自己のあり様」の「自己とは」ということである。自己は、他者との関係において、現実化される。あるいは、自己の存在と意味は、他者との関係のなかで与えられる。すなわち、「自己は他者との関係がなければ存在しない」といえる。先の説明に加えて「スピリチュアルペインとは、その状況における自己と他者との関係のあり様が肯定できない状態から生じる苦痛」とすると、より明確になってくる。

 

二つ目は、「他者とは」何を示すかということである。人々(家族をはじめ、まわりで関わる人たち)そして、自分の存在に不可欠な、拠り所となる大切なもの(自然・哲学・宗教・芸術など)を想定する。ある状況が、自己にとって肯定できる状態なのか、そうでないのかは、その時の他者との関係性によっている。したがって、他者との関係性が苦しく自分のあり様を肯定できないのであれば、関係性を見直し、自己のあり様を肯定できるような他者を求めることになる。再び説明し直すと、「スピリチュアルペインとは、その状況における真に拠り所となる他者の不在によって生じる状態、すなわち、その状況における自己と他者との関係性のあり様が肯定できないことによって生じる苦痛」となる。逆に「スピリチュアルペインのない状態とは、真に拠り所となる他者がいて、その他者との関係性を通して、どのような状況でも自己のあり様が肯定できている状態」といえる。

 

スピリチュアリティを考えるにあたり、人間の本質、特性について記したい。人は、その誕生から死に至るまで、生まれ、生き、死んでいくことを可能な限り肯定したいのではないか。それが人間らしいのであり、人間の特性と思われる。こうした人間の特性(本質)を念頭に、再説明すると「スピリチュアリティとは、どのような状況でも自己と他者との関係性のあり様を肯定しようとする人間の中核的特性である。ただし、その特性を発揮するためには、真に拠り所となる他者が必要である」といえる。また別のいい方をすると、「スピリチュアルペインとは、真に拠り所となる他者の不在の結果、スピリチュアリティが適切に、その特性を発揮できず、その状況における自己と 他者との関係性のあり様が肯定できないことから生じる苦痛」となり、ここで両者がつながりをもつことになる。

 

4.スピリチュアリティの位置とスピリチュアルケア

 

人間を超えたものに問いかけるスピリチュアルな次元(スピリチュアリティ)は、日常生活の中で覆い隠されている(村田久行氏)という説明、藤井美和氏による「スピリチュアリティは、人間存在に意味を与える根源的領域にある」との説明を引用して、次のような図を描くことができる。

 

 

スピリチュアルケアの大事な点は、スピリチュアルな痛みへのケアというよりは危機が深まるにつれて「自己のあり様を肯定しようと願う」人間の特性を理解して支援するこることである。そのための真の拠りどころとなる他者が必要である。

 

 

 

5.真に拠り所となる他者になるために(傾聴の意味と目的)

 

人が苦しい困難な状況(自己のあり様が肯定できない状態)にあり、その現実が変えられないとすれば、別の対処の仕方を考えなければならない。苦しい思いを語りつくすことがひとつの方法だろう。語る過程では、その語りをひたすら聴き、理解してくれる聴き手が必要である。語り手はその過程で、自分の思いが明確になり、苦しい事柄の新しい意味に出会う。そのことは、聴き手が真 の拠り所となる他者であったとき可能になる。

 

苦悩する話し手にとっては、共感し、適切に傾聴する聴き手は、真に拠り所となる他者になる。話し手は、傾聴する聴き手との関係を通して考えを変容させ、その状況における自己を肯定することが可能になる。すなわち、理論にもとづいた適切な傾聴は、スピリチュアルケアになりうるのである。

 

6.「真の拠り所」となるためには、傾聴だけでは不十分である

 

冒頭、キュープラー・ロスのことばを問題提起とした。全人的苦痛という4つの要素の身体的苦痛、社会的苦痛、心理的苦痛にしっかりと向き合えば、スピリチュアルな苦痛は、おのずと癒されるといった。聞き手が相手の思いをしっかり受けとめることによって、置かれている状況と他者との関係性を肯定しようとする人間の特性が回復してくる。困難を一つひとつ解決しようとする。解決できなかったとしても、それを受けとめ、その人の残っている力をサポートする。傾聴だけでなく、先の3つの苦痛にむきあうことによって、傾聴はさらに意味をもつ。

 

7.2つのエピソードから

 

○ 50代の乳がんの女性:治療を自ら拒否して、がんの末期の状態となり、ホスピスに入院、下半身のマヒ、おむつの状態となる。自らの判断で病気を放置、治療を拒否した方であったため、「死」を受け容れていると思っていた。ある日の回診時、「まだ死にたくありません」と語った。「なぜですか」と問うた。「ホスピスで、自分のことを大切に思ってくれ、大事にしてくれるスタッフやボランティアに出会い、こうした人たちともう少し時間をともにしたい」という。彼らの存在や関わりは、困難な状況の中で生きる彼女に生きる意味、生きたいと思う意志を呼び覚ましたのかもしれない。

 

○70代の男性:治療の限界から在宅となり、耳は聞こえず、両方の視力も次第に失っていった。聴診器を手で触ってもらったり、手のひらに文字 を書いて、コミュニケーションをとろうとしたが、無力感を感じていた。ある日、その方の奥さんがご主人のベッドで、身体全体を、思いを込めてマッサージをしたという。ご主人は、「久しぶりに安らかな気持ちになった」という。傾聴の有無にかかわらず、本当の拠り所というのは、全身全霊を込めて患者さんに向き合っていくこと、そのとき、自分のなかで、人が人として生きるスピリチュアリティは拠り所となる他者の愛によって動き出す。

 

最後に・・・人は、誰でもその思いを受けとめる真に拠り所となる他者が存在すれば、その他者との関係性を通して、どのような状況でも、自己のあり様を肯定し、人間らしく生きていこうとする人間としての中核的「特性」を持っている。その特性をスピリチュアリティという。

(文責 石井三智子)

認定特定非営利活動法人になりました

理事長 酒井忠昭

昨年のクリスマスイブ、1224日に東京都から認定NPOとしての認証を受けました。設立から8年半経ち、平坦な道のりではありませんでしたが、社会的評価をいただいたと思っています。当局に活動全体を理解されているとは思いませんが、多くの方の支援をいただいている(一定額のご寄付を2年間に200名以上の方から寄せられることが要件のひとつ)こと、活動計算書をはじめ、各種書類がオープンで正確であったことが認められました。

 

全国には約5万のNPOがあります。このうち認定を得ているのは500ほどです。認定をえると、その団体に寄せられた寄付や遺産が優遇税制の対象になります。つまり、社会は認定NPOに税金の配分先と同等の公共性を認めているわけです。結果として、その団体は社会的信頼をえますし、相応の活動を期待されます。私たちはどのように活動すればよいのでしょうか。

 

私たちの活動の中心に訪問看護ステーションがあります。訪問看護ステーションを運営しているNPO法人が認定を得ようとするのは、その団体が訪問看護以外の活動を行っていて、その活動に一定の資金と、多くの支援が必要な場合になります。

 

私たちは、訪問看護ステーション活動は無論ですが、訪問看護以外の活動を整理し、拡充させ皆さまに理解していただかなければならないと思います。

 

私たちは、独居の多い高齢者の心理的な負担を和らげるために、音楽療法、アロマセラピー、心理カウンセリング、傾聴活動、セカンドオピニオンの提供、権利擁護活動などを行ってまいりました。これらを拡充するためには、ニーズを把握し対応しなければなりません。

 

これらにたいする高齢者のニーズは決して少なくないと思います。しかし、これまでの高齢者への福祉はお仕着せで、足りない部分を補うことに終始していました(たとえば、病気の治療など。しかし高齢者は病気治療で若い頃のようになるわけではありませんし、満足もしません)。また、高齢者の側は私たちの活動のようなサービスを知りませんし、自分から何かを求める積極性もありません(美徳)でした。したがって、はじめは訪問看護の現場で看護師、療法士らがニーズを察知して助言する必要があります。訪問看護の目標は、利用者の生活を全体的に理解、把握し援助することですから、あるセラピーへの勧誘や助言を提供することは、専門職の仕事の重要な一部だと思います(高齢者の過半が陥っているといわれる「うつ」から救うひとつの方法だと思います)。訪問看護を、私たちの活動への誘導の現場と考えるのは、現在のところ、その他の方法では、専門職が高齢者をトータルに、また機微に及んで把握することが困難であることから、他では得られない状況だと思います。したがって私たちのNPOが認定を受けて、活動の拡充を図るとき、この点に焦点を当てることは意義のあることで、自分たちでしかできない「新しい公共」のモデルたりうるのではないかとさえ考えます。

 

ところで、私たちの活動にたいするニーズを見出すことと、対応する専門家の仕事と時間を確保することは車の両輪でなくてはならないと思っています。相応の待遇の拡充も必要ですから、会員の方々やご支援の方々ばかりでなく、広く活動のご理解をいただかねばなりません(広報活動の拡充)。

 

最近、「クラウドファンディング(不特定多数による基金調達)」という方法を知りました。一定のプロジェクトを設定し、金額と期間を決め、ネットや新聞にアップします。プロバイダーには集まった基金の1020%を支払います。現実に、アフリカの子供たちにアートセラピーを提供するために3か月間150万円のプロジェクトが動いていて、ほぼ目標を達成していました(201618日まで)。皆さん(ネットにアクセスする人が多いので若い方が多いことを念頭に)に理解しやすいプロジェクトを企画する、高齢者と若い方の接点を見つける(たとえば、祖父、祖母に教えたいサービス)など難しい点はありますが、検討に値すると思っています。

 

新しい年は、認定団体としての活動の初年となります。

 

樋口恵子 氏講演会・討論会

「大介護時代 ~ 長生きを心から喜べる社会へ ~」

今回で8回目になった当協会の講演会・討論会を2014年11月15日、東京医療センター大会議室で開催しました。参加者は約80名でした。

講師は評論家、「NPO高齢社会をよくする女性の会」理事長樋口恵子さんにお願いしました。テーマはご著書にある「大介護時代 ― 長生きを心から喜べる社会へ ―」としました。

先生は、現在の介護保険制度の設計にあたられ、「介護は家族(嫁や娘)にまかせておけばなんとかなる」ということでは済まなくなってきた状況に対応して「外部サービスの提供により、家族(嫁や娘)の負担を一部代替する」という画期的な制度導入に尽力された方です。爾来、日本の介護に関する福祉は一変し向上しました。

しかし、制度導入後15年目を迎え、社会は想定を超える家族介護の崩壊に直面しています。三世代が同居していることは稀になり、嫁や娘に頼ることができない世帯(老夫婦のみ、おひとりさま、未婚の子と住む高齢者世帯)が急増していることに先生は着目、この急激に変化する日本の現状を分析し、海外に学ぶべきことはないかと目をくばり、文字通りの大介護時代にいかに対処すべきか、家族が頼りにならないならば、近所の他人が助け合わねばなど、多くの示唆に富むお話をしていただきました。詳細は、次回のニューズレターに掲載します。

講演の後、9グループに分かれファシリテーターをおき、30分間の討論セッションを設けました。個々切実な問題の披瀝と情報の交換で、講演で提示された問題を深めると同時に参加者同士の交流も実現しました。最後に、講師のコメントと参加されていたシニア社会学会会長、袖井孝子先生のコメントをいただいたのも有益でした。

参加された皆さまは、大介護時代の只中にいるのだという感慨と、覚悟をもってケアに当たるヒントを得て帰路につかれたのではないかと感じました。

 

NPOホームケアエクスパーツ協会    酒井忠昭

講師略歴

1932年東京都生まれ、東京大学文学部卒業。時事通信社、学習研究社などを経て評論活動に入る。NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長、東京家政大学女性未来研究所長、著書に「大介護時代」(中央法規出版、2012)、「私の老いの構え」(文化出版局、2008)、「人生100年時代への船出」(ミネルヴァ書房、2013)、「人生の終い方」(ミネルヴァ書房、2014)、その他多数。また、内閣府男女共同参画会議議員、社会保障国民会議委員など、多くの政府審議会メンバーを歴任。